
本当のわたし
「わからない」ままで、くつろぐ
外側の正解から離れ、気楽さの只中へ
~気づきと気楽さの実践~
Humming
ハミング
はじめに
在るしかなかったことに気づく
永遠のhumming
在るが満ちていた

【静けさに気づく】
ある日、ふと気づいた。
いつもそこにあった”静けさ”。
「どうかしなきゃ」というノイズから解放された、ゆるぎない、ただ満ちている”確かさ”。
「あぁ、こっちだ」と思った瞬間、力が抜けた。
世界が反転した。
満ち足りていた。
全体だけが在った。
【分離の夢から目覚める】
わたしたちは、いつのまにか「私」という思いの世界を信じて生きています。
足りない、守ろう、正そう、証明しょう。
そして「わかろう」。
その思いに駆られるほど、わたしたちは孤立し、疲れ果ててしまいます。
相手を、未来を、自分を、コントロールしようと必死になるからです。
でも、これは夢の中の物語。
不確かの中で右往左往していたものは、ただの影。
源は、いつも変わらず在る、静かで完全完璧な永遠の全体。
そこには、ただ朗々と、気楽な生命が満ち満ちて在るだけです。
【わたしの道のり】
幼いころから、ずっと「本当のこと」を探し続けてきました。
6才の頃、「この世界は嘘なんじゃないか?」という、一瞥のような体験。
そこから、「本当とは何か?」という長い探究がはじまりました。
安心したくて、確かさを求め、自分や他人、そして世界を厳しく裁いてきた時期もありました。
ヒプノセラピー、バイロンケイティのワーク、ゲシュタルト療法、禅、そして「奇跡講座」。
数えきれないほどの扉を叩き、実践し、試してきました。
どの道も、わたしを大切な場所へと運んでくれました。
でも、たどり着いたのは”答え”がある場所ではなく、「答えを探す必要が、最初からなかった」という、拍子抜けするほど自由な地平。
かっては「不確かさ」を埋めるために何かを付け加えようとしていましたが、今は、不確かなままでくつろいでいるとき、すでに「確かさ(全体性)」の只中にいたのだとわかります。
思考を止める必要も、自我を直す必要もありません。
何かを排除して「正解」になろうとするのとやめたとき、わたしたちは、すでに愛であり、静寂そのものである自分を思い出します。
今は、その「探す必要のなさ」を、日々の暮らしやセッションを通じてわかち合っています。
【全体とともに在る】
外で起こっているようにみえるもの、その自分の反応のすべてが、”確かさ”と一致する機会になります。
それは特別なことではなく、ただ自分の視点の出どころに気づき、それがふっと消えていくのを、気楽に体験すること。
思考を止める必要はない。
自我を直す必要はない。
何かを排除する必要もない。
ただ、「その視点の実体のなさ」に気づくだけ。
「あぁ、誤解だった」と笑って、手を放すだけ。
まやかしの夢だと気づき、それに力を見なくなったとき、全体性はわたしたちそのものとして、ただ、今ここにあります。
【生命を愛でよう】
真実(本当)は、さまざまな名前で呼ばれています。
愛、空、静寂、平安、自由、無垢、生命、全体、至福、真我、無為自然、神・・・。
それらはすべて、ひとつのこと。
ただ”在る”ということ。
この世界のすべてが、ひとつの命の表れです。
わたしたちは、常に、生命に抱かれ祝福されています。
わかろうとしなくても、もうすでに。
これが、すべての人にとっての真実であり、事実です。
Humming
Humming(ハミング)
Hummingは“本当のわたし”を開く場
★「個人セッション」→ 「本当のわたし」=「全体性」へと戻る機会として、それを妨げている信念に気づきます。
★「本の読み合わせ」→「本当のわたし」=「全体性」への気づきとなる本読みにて、「全体性」に戻る機会を提供しています。
★「オープンカフェ」(対面&ZOOM)→「全体性(本当のわたし)」を開く、わかち合いの体験の場です。
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詳しくは、下記ボタンより「セッションの詳細」をご覧いただけます。お気軽にお問合せください。
※YouTubeチャンネルにて、気づきやヒント、その他もろもろのおしゃべりをしています~。
【humming】にて、生命と一致しましょう。
個人セッション、読み合わせ、オープンカフェにて、”本当のわたし”を思い出す機会を提供しています。
「本当のわたし」に気づき、ホッとし、涙と笑いがこぼれ、くつろぎ、静けさに抱かれる。
いつでも【humming】は開いています。